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髪を切りに行くのが面倒で

雑記とか趣味とか一般公開されてる自分のメモ帳みたいなものです。Twitter//@srRiLiyou

すべて叫んだ

「あの、靴を、恵んでいただけないでしょうか」
座っていたみすぼらしい女が私にそういった。駅のプラットホームで11月にはおおよその人がしないであろう薄着で、この街のどこに行けばそんなにも汚れるのか薄桃色のワンピースは黒く汚れていた。所々破れた箇所がある。
浮浪者にしては若く、変に小綺麗だ。髪は乱れ、身体中は汚れていたが普段から身体を綺麗にしていない訳ではなさそうで転んだかの様な汚れ方だった。
「お金ならありますので」
人の少ない駅のプラットホームでシューズバックを持っているのは私だけだった。
女は横に置いてあった……これもまた汚れているのだが……ポーチから財布を取り出す。か細い手は所々切り傷と手首には痣が刻まれていた。
私はどうぞと言ってシューズバックを渡した。履けるかはわかりませんが、と付け足して。
恋人の持ち物であった中に入っている白い靴はくたびれてはいるが綺麗なものだ。なんという偶然なのだろう。私はなんだか写真を撮りたくなった。
女はガラスの箱を持つ様にシューズバックを受け取って音も立てずに中身を取り出して履いた。大事そうに一つ一つの所作を丁寧に行った。靴は少し大きい様だった。
「人はどうして靴を履くのでしょう? 」
女は靴を履いた後顔を上げて私に尋ねた。私は傷だらけの女の足から視線を上げて女の顔を見た。乱れた髪は長く表情はあまり見えない。
その疑問に答える為、どうしてなのだろうと考えてみる。靴を履くことはあまりに自然なことすぎて人はどうして靴を履くのだろうなどと考えたことはなかった。人と獣の違いはそこにあるのかもしれないなとぼんやりと思い至った。
私は人であるからではないでしょうかと答えた。女が口を開く。
「変な事を聞いてしまいましたね。 でもその答えはなんだか私は心地が良いです。 ああ、ここまで靴を履かずに歩いた私は獣だったのですね」
女は笑う。怨讐の張り付いた醜い顔が見えた気がした。
「何も言わないのですね」
私は口を噤んだ。私の言葉には重さはない様に感じたからだ。
プラットホームには電車が到着するアナウンスが流れる。吹き抜ける風は刃物の様。私は女に恋人を幻視した。
女は立ち上がり2番線へ歩いていく。ホームの端に至ると振り返り、女は私を見た。やはり笑っていた。
女はベットに身体を預ける様に線路に倒れた。電車が来る。けたたましい音を立て電車はホームで待つ人々を迎えに来る。人の世界に獣はいらないのだ。
鈍器を振り下ろした音がする。女性の叫び声が聞こえる。私は女の立っていた場所に向かいホームを見下ろす。女の足は残っていて白い靴は汚れてはいなかった。その光景に恋人の姿を見た。朝日を優しく遮るカーテンから溢れる光を受けて白く輝いて眠る恋人の姿を。女があまりに生きている様に見えたからか、恋人の眠る姿があまりに死んでいる様に見えたからか。
私は早く帰りたくなった。恋人に会わなくては。電車は止まっている。